いちいち調べるのが面倒なので、ここに資料としてまとめておきます。
参照
「豊受大神宮禰宜補任次第」
※国立国会図書館デジタルコレクション「群書類従 第66-68冊(巻52-54上)」
「渡会氏系図」
※国会公文書館デジタルアーカイブ「渡会氏系図」
国常立尊
※「渡会氏系図」では、天御中主尊
【1世孫】
天八下命
※「渡会氏系図」では、天八下尊
【2世孫】
天御下命
※「渡会氏系図」では、天三下尊
【3世孫】
天合命
※「渡会氏系図」では、天合尊
【4世孫】
天八百日命
※「渡会氏系図」では、天八百日尊
【5世孫】
天八十万魂命
※「渡会氏系図」では、天八十萬魂尊
【6世孫】
神魂命
※天八十万魂命第二子
※「渡会氏系図」では、神皇産霊尊
【7世孫】
櫛真乳魂命
※神魂命第一子
【8世孫】
天曽己多智命
【9世孫】
天嗣桙命
【10世孫】
天鈴杵命
【11世孫】
天御雲命
【12世孫】
天牟羅雲命
※一名天二上命、後小橋命
※豊受大神宮禰宜
【13世孫】
天波与命
【14世孫】
天日別命
「伊勢国風土記」には、天日別命が神武東征の際に、伊勢津彦を追放してその地を平定したことが記されている。
「新撰姓氏録」に、「左京伊勢朝臣天底立命孫天日別命之後也」とある。天底立命は、天曽己多智命と思われるが、天日別命は、孫ではなく六世孫である。
【15世孫】
彦国見賀岐建與束命
伊勢神宮下宮摂社に、度会国御神社があり、祭神は、彦国見賀岐建與束命である。彦国見賀岐建與束命は、伊勢国造・度会神主の祖とされる。
【6世孫】
彦田都久祢命
【17世孫】
彦楯津命
【18世孫】
彦久良為命
【19世孫】
大若子命
※一名大幡主命
※豊受大神宮禰宜
「新撰姓氏録」に、「右京額田部宿祢明日名門命三世孫天村雲命後也」とある。天嗣桙命の三世孫が天牟羅雲命で、これを信じると、「天嗣桙命=明日名門命」となるがこれは怪しい。
額田部氏が本拠地としたと思われる額田郷は10か国にも及ぶが、伊勢国に関しては、桑名郡額田郷・朝明郡額田郷があり、延喜式内社の額田神社あった。額田神社の祭神は、意冨伊我都命である。神社由緒に、意冨伊我都命は、「天津彦根命ノ御孫ニシテ額田部連ノ御祖神デアリ第十九代(允恭天皇)ノ御世ニ御奉斎セラル」とある。天津彦根命は、天照大神の玉から生まれた五神の一人で、「古事記」では、額田部湯坐連「日本書紀」では、額田部連の祖となっている。額田部氏には、明日名門命系の額田部宿祢と天津彦根命系の額田部連があったと考えられる。伊勢国を本拠地としたのは、天津彦根命系であると思われる。
額田部宿祢は、「新撰姓氏録」に「摂津国額田部宿祢同神男五十狭経魂命之後也」「摂津国額田部額田部宿祢同祖明日名門命之後也」「山城国額田部宿祢明日名門命六世孫天由久富命之後也」「右京額田部宿祢明日名門命三世孫天村雲命後也」があり、「五十狭経魂命→明日名門命→天村雲命」というつながりが見える。どうも、「豊受大神宮禰宜補任次第」「渡会氏系図」にある天牟羅雲命とは別神のように思える。
