新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』に登場するヒロインの岩戸鈴芽の名前は、ある日本神話からインスピレーション受けて名付けられています。
その日本神話は、天岩戸伝説 ・・・。
岩戸は、「天岩戸」から、鈴芽は、天岩戸伝説に登場する天宇受賣命(あめのうずめのみこと)にちなんでいるそうです。
スサノウノミコトの傍若無人な振る舞いを嘆いた天照大神が天岩戸に隠れたために、世の中は暗闇に包まれ、様々な禍が起こりました。八百万の神は、集まって相談し、なんとか天岩戸から天照大神を引っ張り出したので、世の中は明るさを取り戻しました。
天岩戸伝説は、こんな話になります。
さて、天岩戸伝説は、天つ神の話ですから、高天原での出来事となります。それじゃあ、天岩戸があるところが高天原???
しかし、そう簡単ではありません。天照大神が隠れたという天岩戸、なんと全国に十数か所あるのです。まずは、全国にある天岩戸伝説の中でも超メジャーな場所を紹介します。
皇室の方々も参拝された宮崎県高千穂町「天岩戸神社」
延岡市からどんどん上流へと向かいます。高千穂町に入ると、天岩戸川の左右に、美しい棚田の風景が広がっています。この棚田を荒らされたら、そりゃ怒るわ・・・などと思っているうちに、天岩戸神社の鳥居が見えてきました。
さすが、神話のふるさと謳う日向国、雰囲気ありすぎます。
皇室の方々も参拝されたことがあるそうで、いかにも格式の高そうな立派な神社です。
天岩戸神社の御神体である天岩戸は、天岩戸遥拝殿からお参りすることができます。西本宮前で待っていると、人数がそこそこ集まったところで、神職が遥拝所へ案内してくれました。神妙な面持ちで進むと、対岸に洞窟のようにみえる天岩戸を参拝することができました。天岩戸は御神体であることから撮影が許されていません。
西本宮から徒歩で、八百万の神が集まったとされる天安河原の洞窟へ行くことができます。巨大な洞窟に鳥居が立っています。辺りは石が積み上げられていて、異様ささえ感じます。まさに、パワースポットそのものといった感じでした。
宮崎県高千穂町は、天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、高千穂の峰に降臨したとされる天孫降臨の地として知られています。瓊瓊杵尊は高天原から高千穂峰に降臨されたのに、その麓に、高天原にあるはずの天岩戸や天安河原が存在するのは矛盾があるような気がしますが、細かいことはさておいて、高千穂町には、神話に関わるスポットが数多く存在し、観光地となっています。
阿波天岩戸伝説を伝える つるぎ町「天磐戸神社」
つるぎ町は、町村合併以前は、貞光町と一宇村に分かれていました。天磐戸神社は、旧一宇村に鎮座しています。国道192号線から剣山方面へ車を走らせること約1時間・・・。つづろ堂というお堂が建っています。つづろ堂をぐるりと回るように急なヘアピンカーブをさらに登って行きます。
しばらく行くと、「林道天ノ岩戸線」というポップな標識があります。これを見逃すと、おそらく天磐戸神社に辿り着くことなく、剣山まで行ってしまいますので、お見逃しなく!
林道が整備されるまでは、神社まで行くには、かなり困難だったと思われます。しかしながら、この林道も道幅は狭く、すぐ横は崖のような道です。林道を進むこと十数分・・・。道沿いに鳥居が見えてきました。
鳥居を登って行くと社殿があります。徳島県神社誌によると、天磐戸神社の祭神は、天手力雄命(たぢからおのみこと)となっています。天手力雄命は、天岩戸の扉を開いた神様です。
社殿横の山道を登って行くと、謎の石像が次々と現れます。正面の大きな神楽石の下も石窟になっています。その前に、天鈿女命と猿田彦命の石像がありました。
神楽石の上部は平らになっており、広さ約45平方もあります。天鈿女命が舞ったところでしょうか?江戸時代より年に一度、神楽歌と舞が奉納されていたそうです。
神楽石の前を登って行くと、天磐戸の巨石があります。岩の裂け目の幅は約1m、奥行きは約9mもあるそうです。
宮崎県高千穂町の天岩戸神社と違って、観光客の姿を見ることはまずありません。氏子以外に、訪れるのは物好きな古代史ファンぐらいでしょう。たった一人で、境内を散策していると、あまりの静寂さに不気味ささえ感じます。
阿波天岩戸伝説を伝える 神山町「立岩神社」
立岩神社は、神山町鬼籠野字元山に鎮座しています。道の駅「温泉の里神山」近くから山道を登って行くのですが、道は狭くて急斜面・・・辺りはだんだん暗くなっていきます。この道であっているのだろうか・・・と思い始めたころ、道沿いに、何とも趣のある鳥居が立っています。どうやらここからは阿歩かなければならないようです。
神秘的とはこのような光景をいうのでしょう。民家もなければ、人の気配も全くしません。元山の頂上付近に立つ巨大な岩は、天から大きな力を受けたのごとく縦に裂け目が入っていました。古代の人々が、この巨石に人知を越えた神秘を感じ、信仰の対象としたのも分かる気がします。
近くに、阿波古事記研究会が立てた説明板がありました。
阿波国風土記逸文に記された「天の元山」は、この地であるとしています。それにしても、空より山が降ってくるとは、なんともスケールの大きな話です。その山が砕けて、大和国に降ったのが天香具山とは・・・。奈良県の香具山の天岩戸神社には、この巨石と同形の岩が御神体として祀られているそうです。一度見てみたいものです。
また、伊予国風土記の一文を掲載し、阿波の神山の元山が倭の天香具山であり、天岩戸に天照大神が隠れたときに、天香具山から種々のものを集めて神事を行ったと古事記に書かれていることから、ここが天岩戸であるとしています。
境内には、もう一つ説明板があって、こちらは、神山町観光協会・古代神山研究会・立岩神社氏子会が立てています。
阿波古事記研究会とは、どうやら解釈が異なるようです。
元山の立岩神社から、約15kmほどはなれた徳島市多家良町に金山比古命を祀る延喜式内社山方比古神社の近くにも立岩神社があります。男性を象徴する巨石が御神体で、天津麻羅が祀られています。元山の立岩神社の岩の裂け目が女性を象徴し、対をなしているのではないかと説があります。
二つの立岩神社に祀られる神様は、すべて金属製造にかかわる神様です。
元山を下ることには、辺りはかなり暗くなっていました。「神山町の立岩神社は、天岩戸とは関係ないんじゃないか・・・。」なんて考えていると、ヘッドライトの数十メートル先、道の真ん中に大きな影が3つ・・・。ただならぬ気配を感じ、車をとめて、目を凝らしてみてみました。小さな光がこちらを見つめているように見えます。野生の鹿でした。しばらくじっと睨み合ったのち、道を外れ山の中へと消えていきました。
神山町鬼籠野元山・・・。ここもまた神秘の場所でした。